政治と介護を紡ぐ会 in大阪

前田 れいこ

第3回政治と介護を紡ぐ会フォーラム
令和5年2月23日 大阪で開催しました
今日はそのお話を書きたいと思います



フォーラムでは立候補を考えている介護職の方に向けて
パネリストとして登壇しました




今ではこんな私ですが
立候補に至るには驚きの過去があったのです


介護職議員同士が出会い化学反応

遡ること令和2年10月20日
私が岡崎市議会議員に当選した日


立候補のきっかけを作ってくれた人が二人います

千葉県船橋市議会議員 宮崎なおき氏
香川県東かがわ市 山口だいすけ氏


たまたま二人を知っていた私
「ケアマネ議員同士 繋げてしまおう。」


令和2年9月のある日 お二人を引き合わせました


二人は意気投合した
「前田さん あなた議員に向いてるから出ちゃいなよ。」
「あっ、岡崎の選挙、来月あるじゃん。」
「間に合う、間に合う、旦那さんに聞くだけ聞いてみてよ。」



これはその時 令和3年9月19日の写真
・・・選挙の1ヶ月前の話やん


https://ameblo.jp/asunaro-waganse/entry-12626168552.html



その日のブログには、
こんな会話をしたと書いてありました



本当に本当に自分が立候補するなんて
夢にも思っていなかった選挙1ヶ月前だったんです

人生は一瞬の決断でガラリと変わる


お二人を引き合わせた日の夜
旦那さんに、「私議員に立候補していい?」と聞いたら



夫「いいよ。」
私「え!?マジで?」
夫「うん。だって今までやめろと言って、やめたことひとつもないじゃない。」



そして1週間後、当時高3の息子にも聞きました

息子「いいよ。お母さんの好きなようにしなよ。」
「俺、あと半年したら卒業するから、落選したって知らん顔しておくよ。」
「自分の好きなようにしなよ。」



その時の私の心境は
挑戦しなかった自分の姿を想像したときに
「そんなのは絶対に嫌だ。やるだけやってみよう。」
無知が最大の武器でした。


自分で言うのもなんですが
水を得た魚というのはこのことを言うのだと思います



介護の世界をもっと良くしたい


ブログを毎日更新したり
フェイスブックライブをやったり
全国色々なところでセミナーをやったり




いろんな活動をしていましたが
自分の想像する

「介護で苦しむ人をこの世からなくす。」
「介護に関わるすべての人が幸せな介護ができる。」


こんな世界観を具現化できない
もどかしさを感じてました



介護職が議員になってできたこと

私たち議員は投票という市民の付託で
議員という立場をいただきます



「前田、お前が介護の世界を良くしてこいよ。」
そう言われて皆さんが
投票用紙に私の名前を書いてくれたと信じています



だから一ケアマネとしての発言では届かなかった声も
3173票という付託をいただいた私は
3173人分の市民の声を代弁する存在




だから介護職が議員になることで
私の声が行政の中枢に届くようになったんです




もうすぐ統一地方選挙です



もしかすると、このブログをご覧の方の中にも
立候補を考えている介護職がいるかもしれません



私でもできました



そして私たち介護職議員は手を取り合うことができました



一つのともしびだけでは
隅しか照らすことはできない

しかし国中の人が松明をかかげれば
国中を明るく照らすことができる




一人の介護職議員だけではできないことも
全国の介護職議員が声を上げれば
国を動かすことができるかもしれない



『一燈照隅万燈照国』
いっとうしょうぐうばんとうしょうこう



政治と介護を紡ぐ会大坂フォーラム
一つでも多くのともしびが増えますように

会員紹介
前田れいこ
前田れいこ
愛知県 岡崎市議会議員
現役ケアマネジャー議員+経営者+妻(夫はサラリーマン)+母(22歳娘と19歳息子)
女性はいろいろな顔を持って社会と繋がっています、子育てをしながら介護の仕事をしてきた私だからできる政治があると信じています。
私自身、ダブルケアの経験があります。子供が2歳と4歳のとき母の介護をした時の”絶望感”介護は突然真っ暗闇の中に取り残される感覚。母亡きあと介護の世界に飛び込み、ケアマネジャーになりました。
介護現場17年、介護職の待遇の低さを痛感し、政治から変えなければ介護職の待遇はよくならないと政治の道に入りました。

女性が動けば社会が変わる!
行動しなければなにも変わりません。
女性議員であるからこそできる政治があります。介護現場の声、働く女性の本音、同じ女性が一歩踏み出せる勇気が出る活動をしていきます。
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